母語の異なる2つのグループによる
英語誤文の評価
-日本人学生とスペイン人学生の比較

梅田 肇

鈴鹿国際大学


I. はじめに

この研究の目的は、日本人学生とスペイン人学生の、誤りを含む英文に対する評価に差異が見られるか否かを調査し、英語によるムとりわけ英語非母語話者間でのムコミュニケーション活動を円滑に行なうための方策を探ることにある。

ここ数年、インターネットの普及に代表されるIT(情報技術)の長足の進歩に伴って、より多くの人々が英語に触れる環境が形成されてきている。このような状況下では、お互いに異なる言語を母語とする人達の間でコミュニケーションを図ろうとする場合、共通の言語として英語を使用する機会もより多くなるであろう。そして、この際の意思疎通に支障を来すことのないよう、英語の構造(文法)を正しく認識していることが求められるであろう。

このような社会的背景を踏まえ、ひとつの英文について非文法的文を3つ用意して、共に英語を外国語として学習する、日本人学生とスペイン人学生に評価してもらった。なお、アンケート上の英文は全部で10個用意したが、今回は、疑問詞を伴う疑問文、to不定詞を含む文、それに命令文の、計5つの文に限って考察する。

II. 先行研究

金谷・高梨 (1978) は、wh-疑問文の誤文について、米国人大学生にとって、最も理解しやすい誤文はThey study English when?のように、疑問詞が文末に置かれる文(このような文は、echo question=問い返し疑問文、と呼ばれる)であり、日本人英語教師には、When they study English?が最も理解しやすい文である、と結んでいる。

Fayer and Krasinski (1987) は、ESL学生の録音した英語文を、英語母語話者と非母語話者に評価させた。その結果、前者の方が後者よりも、非文法的文に対する評価が寛大になる、との結果を得た。

同様のリサーチとして、Matsunaga and Caprio (1989) がある。英語の誤りを含む文の評価は、母語話者の方が、非母語話者よりも高い。さらに、教師の方が、教師でない者よりも高い、と報告している。

また、Ludwig (1982) は、ESL 学習者の書いた英文を評価する際の傾向について言及し、母語話者の評価は、ESL 学習者が伝えたい内容に重点を置くのに対して、非母語話者は、文法の正確さに重点を置く傾向がある、と述べている。

Suenobu, Kanzaki, and Yamane (1987) は、日本人大学生の英語による発話を録音し、その中に含まれる誤りを5つに分類 (omission, addition, tense, word order, vocabulary) して、母語話者(米国人)に、その正確な意味を判定させた。その結果、79.8パーセントのintelligibility(理解度)を得たとして、英語非母語話者の教員に、文法の正確さに固執するのではなく、コミュニケーション重視の授業運営を心がけるべきである、と主張している。

III. 調査

1. 仮説

それぞれの母語が異なることも考慮すると、日本人学生 (Japanese Students=JSs)と、スペイン人学生(Spanish Students=SSs)との2グループ間の英文評価には差がある。

2. 方法

アンケートを作製し、被験者に配付して回答してもらった(アンケートの指示文は付録1を参照)。

3. 実施時期

JSs=2000年4月
SSs=2000年2月

4. 被験

JSs 95名(鈴鹿国際大学・国際学部に在籍する1年生60名、2年生35名)
SSs 136 名(スペイン・バレンシア工芸大学1)=Universidad Politecnica de Valencia で情報科学を専攻する1年生132 名、2年生2名、3年生2名)

5. 調査に使用した英文の出典(中学校検定教科書)

疑問詞を伴う疑問文、to不定詞を含む文、および命令文は、以下の中学校英語教科書より引用した。これらの英文が日常生活で頻繁に使われ得るものと判断したためである2)。

(1) Total English 1(秀文出版)
(2) Sunshine 2(開隆堂)
(3) Columbus English Course 2(光村図書)
(4) New Horizon 2(東京書籍)
(5) Sunshine 1(開隆堂)

IV. 結果と考察

統計的にはカイ2乗 (Chi-square=χ2) 検定を用いた。有意水準は5パーセントで、自由度 (df) が2であるから、値が 5.991476 よりも大きければ、仮説の正しいことが証明されたことになる(アンケートの項目と回答結果は付録2を参照)。

分析の結果、全体としては仮説は正しいと言えるであろう。文 (1) と文 (3) については、両グループ間に相関性(有意な関係)は全く認められない。文 (4) と文 (5) には1つずつ、文 (2) については2つ相関性が認められる。以下、もう少し詳細に考察を進めてみることにする。

1. 疑問詞を伴う疑問文-----文 (1) と文 (2)

1b と 2c に注目すると、共に疑問詞(句)が文の最後に置かれている。II の先行研究で述べたように、このような文は echo question(問い返し疑問文)と呼ばれる。そして、JSs グループと SSs グループ共に、echo question に対する評価が低いことがわかる。2c を最も重大な誤りとして選んだ JSs は 66 名 (69%) 、SSs は111 名 (82%) で、両グループ間には相関性が認められる。また、1b を同様に選んだ者は、JSs 68 名 (72%) 、SSs 110 名 (81%) で、このχ2 値 (6.04) は、相関性を認める数値にはわずかに及ばないものの、両グループには、疑問詞(句)を文末に置く非文法的文を重大な誤りとして評価するという、共通の傾向が見受けられるようである。

日本人が、米国人に比べて、echo question に対してより厳しい評価を行なうことは、梅田(1994) とUmeda (1995) のリサーチでも報告されている。
 ところで、スペイン語で人の年齢を問う場合、即ち文 (1) をスペイン語訳した場合、

(1s) Cu'antos anos tiene tu hermano?

と、なり、下線で示した動詞tiene(原形はtener)の最も一般的な英語訳は have である。1b, 1c それぞれの誤文の中に、isの代わりに have (has) を用いていたら、異なる結果が得られたのであろうか。今後の研究課題としたい。

2. to 不定詞を含む文-----文 (2) と文 (3)

文 (2) と文 (3) は、それぞれto不定詞を含む。誤文2bと 3a は、いずれも動詞(文 (2) は play, 文 (3) は see) の前に置かれるべき前置詞 to が欠落している。この 2b と 3a には、両グループ間の相関性は見られない。しかしながら、2b に関しては SSs 116 名 (85%) が、3a に関しては、98 名 (72%) が最も軽い誤りとして選んでいる。この2つの誤文を 高く評価する傾向は、JSs にも見られる(2b=76 名、80%; 3a=61 名、64%)が、割合で言うと、両誤文共に SSs の方が多い。これは、スペイン語で文 (2) および文 (3) と同様の表現をする場合、前置詞を伴わない原形不定詞構文が使われるからであろう。即ち、文(2)と文(3)をスペイン語訳すると

(2s) Qu'e deporte te gusta practicar?
(3s) Quieres ver el video?

と、なり、下線で示した動詞(この文脈ではpracticarは英語のplay、verはseeに相当する)は、原形不定詞となる。

なお、2a には両グループ間に相関性が認められる。SSs で 2a を最も軽い誤りとして評価している者は 13 名 (10%) しかおらず、同じ選択をした JSs も14 名 (15%) であった。両グループ共に、主語が欠落した誤文を高くは評価していないことがわかる。χ2 の数値は相関性を認めるにはいたらないものの、3c にも同様の傾向が見受けられるようである。

3. 命令文-----文 (4) と文 (5)

4b と 5c に、それぞれ両グループ間の相関性が認められる。
4b は、間接目的語の me が文頭に置かれていて、JSs は 87 名 (92%) が、SSs は 113 名 (83%) が、それぞれ最も重大な誤りである、と評価している。英語の言語構造を考えれば、もっともな結果であろう。

日本語と同様、スペイン語にも目的語が動詞の前に置かれるケースがある。目的語が人称代名詞の場合である。例えば、

(J) それを私に見せてください。

このスペイン語訳は、

(S) Me lo presentas, por favor.

である3)。下線で示した目的語(me=「私に」、lo=「それを」)が、動詞(日本語文の「見せる」、スペイン語文のpresentas、原形はpresentar)に先んじて置かれている。しかし、スペイン語では、目的語が人称代名詞の時は、動詞の前にも後ろにも置かれる可能性があるのに対して、普通名詞の場合は動詞の後に置かれる。したがって、普通名詞の目的語を含む文 (4)のスペイン語訳は、

(4s) Pres'tame tu pasaporte, por favor.

となる。動詞presentaの後に間接目的語meが付き、さらにその後に直接目的語のtu pasaporte (your passport)が続くのである。この文法の規則は、目的語は常に動詞の前に置かれる日本語のそれとは異なる。また、

(4s') Me presentas tu pasaporte, por favor.

とも言い換えることができる。この場合meは前掲の文(S)と同様に動詞の前に置かれる。対照的に、tu pasaporteは(4s)と同じく動詞の後に続く。このように、SSs による 4b の評価が低かったのは、目的語が普通名詞であるにもかかわらず、動詞の前に置かれているため、と推測できるのである。

また、相関性は認められなかったものの、4c については、SSs の 123 名 (90%) が最も軽い誤りである、と評価したのに対し、JSs は 32 名 (34%) しか同等に評価していない。IV-2でも述べたように、ここでも前置詞 toの誤用に関して、SSs の方が JSs よりも寛容な傾向が見受けられる。JSsの62名(65%)が4aを高く評価しているのは、この非文が日本語訳の語順と類似しているからであろう。

5c (Doesnユtから始まる否定命令文の非文法的文)を最も重大な誤りと評価したJSsとSSsは、それぞれ46名(48%)と75名(55%)で、この割合は、5b (Donユtの後ろの動詞sitに-sが付く否定命令文の非文法的文)を同様に選んだ割合(JSs=20名、21%; SSs=37名、27%)よりも高い。両グループの学生共に、英語の否定命令文はDon'tから始まるということを、最重要視した上での回答結果であろう。また、5a を87 名 (64%) の SSs が高く評価しているのは、スペイン語の否定命令文も、英語と同じスペルの No から始まるからであろう

V. おわりに

日本人学生とスペイン人学生の、誤りを含む英文に対する評価について述べてきた。リサーチに使用した英文の数が限られており、両グループの学生の専攻や英語能力も異なる。これらの条件を考慮に入れる必要は言うまでもないが、誤文の総数 15 個のうち、11 個に両グループ間の差異が見られることから、全体的には、両グループ間の英文評価には差がある、と言えるであろう。

21 世紀の社会では、インターネットをはじめとする情報メディアの発達によって、より多くの人々が否応なしに英語に触れる機会が今後ますます増加するであろう。同時にこれは、母語がそれぞれ異なる人と人との間で、外国語としての英語を用いてコミュニケーション活動を行なうケースが増えるということでもある。英語を情報伝達のツールとして見た場合、最も大切なことは、情報が相手に「どこまで正しく通じるか」ということである。そして、お互いに十分な意思の疎通をはかるためには、TPO に合わせて、でき得る限り適切な英語表現で相手とやりとりのできる能力を身に付けていることが必要不可欠になるであろう。そして、これを根底から支える「英語力」の柱のひとつが、英語の構造(文法)の正しい認識と理解、ということになるのではないか。英語母語話者と非母語話者が英語でコミュニケーションをする場合、非母語話者の誤用を母語話者が認識することにより、大きなミス・コミュニケーションには至らないケースも考えられよう。しかし、英語非母語話者同士で、とりわけそれぞれの母語が異なれば、英語の誤用が思いもよらぬ重大さで、コミュニケーションに支障をもたらす場合も考えられるのである。この点に関連して、IIで挙げたSuenobu et al. の研究結果を、英語非母語話者の立場からすれば、肯定的に受け止めることができない可能性もある。即ち、英語の構造を理解していなければ、コミュニケーション活動自体に支障が生ずる危険性がある、ということである。英語を駆使して、様々な分野の活動に従事している人達は、このことを常に念頭に置いておく必要があるだろう。

今後は、どの程度まで英語の構造を理解していれば、コミュニケーションを円滑に図ることができるのか、いくつかのコミュニケーション活動を難易度別に設定した上で、調査研究してみたいと思う。

  1. バレンシア工芸大学と鈴鹿国際大学は姉妹提携校である。
  2. (2)と(5)から引用した文には、アンケートで使用するために、若干の修正を施した。
  3. Pres始tamelo, por favor.とも言うことができる。なお、本文中に提示したスペイン語の命令文は、全て2人称単数形を用いている。

参考文献

梅田肇 (1994).「Wh疑問文の評価ム日・米教師間の比較」『鈴鹿国際大学紀要』第1号 pp. 71-76.

金谷憲・高梨芳郎 (1978).「Error Analysis---英語教育における誤りの評価」『東京大学教育学部紀要』pp. 197-20.

Fayer, J. and E. Krasinski. (1987). Native and Non-native Judgments of Intelligibility and Irritation, Language Learning, 37 (3), 313-26.

Ludwig, J. (1982). Native Speaker Judgments of Second-Language Learners' Efforts at Communication: A Review, Modern Language Journal, 66, 274-83.

Matsunaga, T. and M. Caprio. (1989). Native and Non-native Speaker Evaluation of Non-native English Students' Language Production, JACET Bulletin, 37-50.

Suenobu, M., K. Kanzaki, and S. Yamane. (1987). An Experimental Study of Intelligibility of English Spoken by Non-Natives, JACET Bulletin, 147-71.

Umeda, H. (1995). Judging Acceptability: Japanese Teachers of English and their American Counterparts, Suzuka International Forum, 2, 89-97.

統計手法に関する参照文献

清川英男 (1990).『英語教育研究入門』大修館書店.

この小論の執筆にあたり、スペイン・バレンシア工芸大学 Universidad Politecnica de Valencia のクリスティナ・ペレス言語学部長には、同大学学生へのアンケート調査実施にご協力いただいた。また、同アンケートのスペイン語の指示文作成の際には牛田千鶴先生(鈴鹿国際大学)に、統計的手法に関して上藤一郎先生(鈴鹿国際大学)に、それぞれお世話になった。ここに記して深く感謝の意を表したい。加えて、貴重なアドバイスをしていただいた査読担当の先生方にも、厚く御礼を申し上げます。

付録1

アンケートの指示文

(日本人学生用)このアンケートにある、各組の最初の文は正しい英文ですが、それに続く a, b, c の文は、意味的には最初の正しい文と同じになることを意図しているものの、誤りを含んでいます。それぞれの組の a, b, c の中で、正しい文と比較して、最も軽い誤りと思われるものに「1」、その次に軽い誤りと思われるものに「2」、最も著しい誤りと思われるものに「3」を、a, b, c 各文の左側にある下線部に記入してください(スペイン人学生用の指示文は、同じ内容をスペイン語で表記した)。

付録2

アンケートの項目と回答結果

(カッコ内はパーセンテージ、χ2値は、小数点以下第3位を四捨五入、χ2値の後の*は、両グループ間に有意な関係=相関性のあることを示す)

(1) How old is your brother?

1 2 3

1a. How old your brother?

(JSs) 44 (46) 40 (42) 11 (12) 33.01

(SSs) 17 (13) 96 (71) 23 (17)

1b. Your brother is how old?

(JSs) 10 (11) 17 (18) 68 (72) 6.04

(SSs) 4 (3) 22 (16) 110 (81)


1c. How old your brother is?

(JSs) 41 (43) 38 (40) 16 (17) 45.29

(SSs) 115 (85) 18 (13) 3 (2)

(2) What sports do you like to play?

1 2 3


2a. What sports do like to play?

(JSs) 14 (15) 60 (63) 21 (22) 2.94*

(SSs) 13 (10) 100 (74) 23 (17)

2b. What sports do you like play?

(JSs) 76 (80) 11 (12) 8 (8) 6.55

(SSs) 116 (85) 18 (13) 2 (1)

2c. You like to play what sports?

(JSs) 5 (5) 24 (25) 66 (69) 5.53*

(SSs) 7 (5) 18 (13) 111 (82)

(3) Do you want to see the videotape?

1 2 3


3a. Do you want see the videotape?

(JSs) 61 (64) 15 (16) 19 (20) 12.84

(SSs) 98 (72) 31 (23) 7 (5)

3b. The videotape you want to see?

(JSs) 11 (12) 38 (40) 46 (48) 22.03

(SSs) 5 (4) 25 (18) 106 (78)

3c. Want to see the videotape?

(JSs) 23 (24) 42 (44) 30 (32) 7.51

(SSs) 33 (24) 80 (59) 23 (17)


(4) Show me your passport, please.

1 2 3


4a. Your passport show me, please.

(JSs) 62 (65) 32 (34) 1 (1) 86.76

(SSs) 11 (8) 107(79) 18 (13)

4b. Me your passport show, please.

(JSs) 1 (1) 7 (7) 87 (92) 3.55*

(SSs) 2 (1) 21 (15) 113 (83)

4c. Show to me your passport, please.
(JSs) 32 (34) 56 (59) 7 (7) 85.16

(SSs) 123 (90) 8 (6) 5 (4)


(5) Don't sit here.

1 2 3


5a. No sit here.

(JSs) 35 (37) 31 (33) 29 (31) 16.52

(SSs) 87 (64) 25 (18) 24 (18)

5b. Don't sits here.

(JSs) 45 (47) 30 (32) 20 (21) 11.71

(SSs) 35 (26) 64 (47) 37 (27)

5c. Doesn't sit here.

(JSs) 15 (16) 34 (36) 46 (48) 1.85*

(SSs) 14 (10) 47 (35) 75 (55)